電波宇宙論 [科研費(課題番号:19H01891, 研究分担者)]
次世代の国際大型電波望遠鏡 Square Kilometre Array (SKA)天文台による電波領域に
おける宇宙論を展開しています。
SKA天文台とは、南アフリカとオーストラリアに設置される予定の超大型の電波望遠鏡です。
その名が示すように有効集光面積が1平方キロメートルにも達し、実際の観測器は
大陸規模で配置される予定です。多様な科学的目標が設定されていますが、宇宙論に
おいてはこれまで観測されたことのない、いわゆる宇宙の夜明け・暗黒時代を地上から観測しうる
唯一の観測計画として非常に重要な地位を占めます。
私は、SKA天文台から提供されるであろう豊富な観測データを用いることでこれまでにない精度で
初期宇宙に迫っていけると考えています。
宇宙最初期の加速度的膨張期(インフレーション)を決定づけるためには、宇宙の密度揺らぎの統計性(原始非ガウス性)の
検定が必須であることが知られています。私は、SKA天文台から提供される観測データを用いることで、
これまで最も良い精度の検証を行ってきた宇宙マイクロ波背景輻射(CMB)による
観測では到達できないレベルで原始揺らぎの統計性を探査しうることを見出しました
[DY, S.Yokoyama, T.Takahashi, PASJ, psab108]
[DY, S.Yokoyama, K.Takahashi, PRD 95, 063530(2017)]
[DY, K.Takahashi, PRD93,123506(2016)]
[DY, K.Takahashi, M.Oguri, PRD90,083520(2014)]。
また、我が国が推進するCMB観測計画LiteBIRD衛星とも密接に連携しており、CMB B-mode観測による
原始重力波探査においても重要な役割を演じます
[T.Namikawa, DY, B.Sherwin, R.Nagata, PRD93,043527(2016)]。
さらに私は、日本SKAコンソーシアムの科学検討班宇宙論グループのリーダーとして研究グループを主宰しており、2015年3月には
「日本版Square Kilometre Arrayサイエンスブック」[pdf] 宇宙論章の責任者として編集を行い、
我が国としてSKAを用いて推進すべき課題について意見集約を行っています。
2016年3月にはこれを``Cosmology with the Square Kilometre Array by SKA-Japan''として
英語版を作成し、世界に発信しました
[DY et al. on behalf of SKA-Japan Cosmology Science Working Group, PASJ 68(2016)6:R2]。
また、SKA天文台による初期運用に特化した総説「Red Book 2018」の執筆に日本人として唯一参加しました
[Square Kilometre Array Cosmology Science Working Group, PASA 37, 007]。
また、2021年度より、月面天文台による究極の電波宇宙論観測に理論面から研究を開始しました。
月面、特に月の裏面は電波観測にとって最良の観測地だと考えられ、これまでもいくつかの観測計画が提案されており、
本研究課題でも宇宙の裏側からの宇宙観測、そしてそこから得られる宇宙論を検証していきます。
月面天文台によって検証が可能となる宇宙暗黒時代の原始揺らぎの痕跡、特に統計的性質を探る手法を世界に先駆けて開発しました[DY, PTEP, 2022, 7, 073E02]。
特に、JAXAが推進する「月面の科学フィジビリティスタディ:月面からの宇宙物理観測チーム」において、月面天文台を用いた宇宙論に関して
理論面の検討を中心となって進めています。
重力理論 [科研費(課題番号:22K03627, 研究代表者)]
宇宙の構成要素のうち、通常の物質の量は宇宙全体のわずか約5%に
過ぎず、約27%がほぼ重力相互作用しか行わない暗黒物質、
残りの約68%は宇宙の膨張を加速させる原因である現在の
物理学では正体不明のエネルギー(暗黒エネルギー)であることが
わかっています。
近年、宇宙論的スケールにおいて一般相対論自体を修正することにより
加速膨張を説明するアプローチが注目され、それらは一般に修正(拡張)重力理論
と呼ばれています。
そのような距離・時間スケールにおいては一般相対論の検証はなされて
おらず、このような可能性の検証が重要になってきます。
修正重力理論は、太陽系における一般相対論の精密なテストによって厳しく制限されて
おり、小スケールにおいては一般相対論の予言を大きく変更する力(「第5の力」と呼ばれる。)
を媒介しうる自由度の励起は許されません。
修正重力理論には、小スケールで第5の力を遮蔽する機構が働くことで、観測と
無矛盾になれると期待されています。
多くの修正重力理論はある極限においてスカラー・テンソル理論で記述できると考えられています。
安定で、(運動方程式が時間に対して高々2階となる)最も一般的なスカラー・テンソル理論として知られているのがホルンデスキー理論です。
私は、この枠内においては、第5の力を遮蔽する機構 [バインシュタイン機構] が正しく働くことを
示しました
[T.Narikawa, T.Kobayashi, R.Saito, DY, PRD87,124006(2013)]。
しかし、近年になり、より一般的なスカラー・テンソル理論のクラス [拡張ホルンデスキー理論] が提唱されました。
小林さん(立教大)、渡辺さん(群馬高専)との共同研究により、このクラスにおいては遮蔽機構が部分的に
破れることを初めて見出しました
[T.Kobayashi, Y.Watanabe, DY, PRD91,064013(2015)]。
この研究はこれまでの常識を打ち破る成果になります。
2017年に初めて観測された中性子連星合体からの重力波GW170817の直接観測によって、重力波の音速と電磁波の音速が15桁の精度で一致していることが
理解されました。一般に修正重力理論は光速と異なる重力波の音速を予言することから、この関係結果は重力理論の構築に対して重要な示唆を与えます。
理論構造の複雑さから、あらわな理論構築がなされていませんでしたが、齊藤くん(山口大)、Langloisさん(APC)、Nouiさん(APC)との共同研究によって、
より広範な修正重力理論を網羅的に探るため、「近年の重力波観測を満足し、これまで検討されたきた全ての暗黒エネルギー代替模型を
含む統一的な理論」を構築することに成功しました
[D.Langlois, R.Saito, DY, K.Noui, PRD 97, 061501(R)(2018)]。
興味深い点として、ここで得た統一的な理論においても、先に発見した遮蔽機構の部分的な破れが起こることが挙げられます。
このような広いクラスの修正重力理論においても遮蔽機構の破れが現れることを発見したことで、
修正重力理論の研究において、遮蔽の破れの効果の検討は必須の条件とみなされるようになっています。
遮蔽機構の破れは密度勾配に依存しており、星のような十分小さなスケールの構造の精密測定を通じて宇宙論スケールの重力の物理を
探求出来ることを指摘し、宇宙物理分野・重力分野・宇宙論分野という全くの異分野間の橋渡しを実現しました
[R.Saito, DY, S.Mizuno, J.Gleyzes, D.Langlois, JCAP06(2015)008]。
また、暗黒エネルギーの候補として、質量を持つ重力理論が盛んに研究されています。
近年になり、整合的に質量を持つことの出来る模型が提唱されました。
この理論には微分結合型の相互作用を持つ自然な拡張が示唆されていましたが、
これまで見つかっていませんでした。
私は、木村くん(東大)との共同研究により、これらを系統的に探索する方法論を定式化し、
実際に許される相互作用の一部を同定することに成功しました
[R.Kimura, DY, PRD 88,085021(2013)]。
また、これまでは平坦時空の極限で良く知られたFierz-Pauli重力理論に帰着することが仮定されていましたが、これは必ずしも必須ではありません。
実際、私は成子くん(東北大)、木村くん(早稲田大)と共同で、ローレンツ対称性のみを要請した場合の質量を持つ重力理論に関して、分類を
行い、豊かな構造を持つことを指摘しました
[A.Naruko, R.Kimura, DY, PRD 99, 084018 (2019),
R.Kimura, A.Naruko, DY, PRD 104, 044021 (2021)]
量子的遷移による宇宙創成
多くのインフレーションモデルにおいて、永久インフレーションと呼ばれる現象により、
宇宙全体にわたって偽真空状態を無数に生成しうることが知られています。
この描像では、偽真空の間には絶えず量子的遷移が起こっており、我々の宇宙は多くの
量子的遷移の末にランドスケープの谷に辿り着いた偶然の産物であることを主張します。
多くの素粒子模型においても同様の量子的遷移が表れることが指摘されており、このような
描像が、非常に多くのクラスで実現しているものと期待されます。
さらに近年では超弦理論と組み合わせることにより、異なる物理法則を持つ莫大な
種類(10の500乗種類)の小宇宙が同時に存在することが予言されています [ストリングランドスケープ描像]。
私は、Lindeさん(Stanford U)、成子くん(東工大)、佐々木さん(京都)、田中さん(京都)との
共同研究により、ストリングランドスケープ描像における量子的遷移を含むインフレーションの
条件をあらわにし、その条件下において宇宙マイクロ波背景輻射に特徴的なシグナルが表れる
ことを明らかにしました
[DY, A.Linde, A.Naruko, M.Sasaki, T.Tanaka, PRD 84, 043513, 2011]。
この成果は、ストリングランドスケープが観測から探査できる対象であることを世界で初めて指摘した
研究となります。
この研究を推し進め、曲がった時空の場の量子論を量子的遷移を含む系で定式化する研究を
行ってきました
[DY, T.Fujita, S.Mukohyama, JCAP03(2014)031]。
近年では、量子的的遷移が暗黒エネルギー問題に対して1つの解を与えてくれます。
特に、偽真空の揺らぎが我々の真空泡に漏れこむことで、その揺らぎが暗黒エネルギーとして振る舞うことが
発見されました。これは、超弦理論から自然に導かれる宇宙像に暗黒エネルギーの代替要素が自然に現れるという
事実を表します。
私は、青木さん(佐賀大)、磯さん(KEK)、Leeさん(Dong-Hwa大)、関野さん(拓殖大)、Yeh(Dong-Hwa大)、さらに
南さん(広島大)、山本さん(九州大)との共同研究により、
このような暗黒エネルギー模型は、銀河サーベイや宇宙マイクロ波背景輻射に特徴的なシグナルを残し、峻別可能で
あることを示しました
[DY, H.Aoki, S.Iso, D.-S.Lee, Y.Sekino, C.-P.Yeh, JCAP 05 (2019) 055]
[Y.Nan, K.Yamamoto, H.Aoki, S.Iso, DY, PRD 99, 103512 (2019)]。
宇宙ひも
宇宙ひもとは、素粒子模型に含まれる対称性が自発的に破れることで生成される
ひも状の位相欠陥のことです。
宇宙の大規模構造の種となる揺らぎを与えることが出来ることから、長い間
インフレーションモデルによる密度揺らぎ生成論に対する対抗馬と位置付けられてきました。
現代宇宙論の文脈においては、宇宙ひもはその生成機構から素粒子模型や
インフレーションモデルと密接に関連していることから、背後にある
高エネルギー物理現象のプローブとして扱われます。
宇宙ひもはその強い重力により、もし存在すれば、様々な宇宙論的な観測量にその
痕跡を残すと期待されます。
私は、宇宙ひもが宇宙マイクロ波背景輻射に強い非ガウス的な揺らぎを引き起こすことに
着目し、実際にこれらが観測から探求出来ることを見出しました
[DY, Y.Sendouda, K.Takahashi, JCAP02(2014)041]。
一方で、重力レンズ効果を用いることで宇宙ひもが厳しく制限されることを初めて示しました
[DY, T.Namikawa, A.Taruya, JCAP08(2013)051]
[DY, T.Namikawa, A.Taruya, JCAP1210(2012)030]
[T.Namikawa, DY, A.Taruya, JCAP01(2012)007]。
宇宙ひもを探求する際に鍵となるのは、生成される宇宙ひもの基礎過程の理解にあります。
宇宙ひもの衝突やエネルギー放出機構などは観測量に鋭敏に影響するにもかかわらず、
これまでは最もシンプルなモデルの解析に留まっていました。
この点に着目し、私は共同研究者とともに、安定な束縛状態を許容するタイプ-I宇宙ひもと呼ばれる
モデルについて宇宙論的スケールでの進化を探り、従来考えられていたものとは異なるスケール解を
持つことを世界で初めて指摘しました
[T.Hiramatsu, Y.Sendouda, K.Takahashi, DY, C.-M. Yoo, PRD88,085021(2013)]。
また、従来の宇宙ひもモデルとインフレーション宇宙と整合的となっていません。
これは単にデータ解析の経済的な理由で選ばれているに過ぎず、実際、私は共同研究者とともに、
インフレーション中に宇宙ひもが生成する場合には、スケーリングする時間が大幅に遅延することで
観測量が大きく変更されることを指摘しています
[K.Kamada, Y.Miyamoto, DY, J.Yokoyama, PRD 90,083502(2014)]
[C.Ringeval, DY, J.Yokoyama, F.R.Bouchet, JCAP02(2016)033]。
宇宙ひもの基礎課程として、重要なプロセスとして衝突過程が考えられます。衝突過程を経てY字側のジャンクション構造を
生成するかどうかはネットワークの進化に対して多大な影響があることがわかってきました。
これまではシンプルな南部・後藤宇宙ひもでの解析しかありませんでしたが、私は素粒子理論において重要視されている
超伝導宇宙ひもに着目し、その衝突過程を解析する手法を開発しました
[D.Steer, M.Lilley,DY, Hiramatsu, PRD 97, 023507(2018)]。
その結果、これまで超伝導宇宙ひもで正しいとされてきた弾性モデルに対して再検討が必要であることを指摘しています。